二十四節気 第9節「芒種」 芒ある穀物、稼種する時なり

9,芒種

芒種とはは、二十四節気の第9番目で5月節、現在の上記法では太陽黄経が75度のときで6月6日ごろのことです。暦便覧には、「芒(のぎ)ある穀物、稼種する時なり」と記されています。
芒種の名前は「芒」のある植物の種を蒔く時期に由来しています。
芒種の「芒」とは、稲穂や麦穂などの、イネ科の植物の穂先にある細い毛のような部分のことを言います、「芒」は訓読みでは、「のぎ」と読んで、漢字の禾へんと同じ意味があり、芒種のこの時期にこ
芒(禾へん)のある植物の種を蒔いて、麦の刈入れや田植えを行う目安とされてきました。

田植え

海外での稲作は水田に直接、種もみを蒔き育てるのですが、日本では、水田に直接、種もみを
蒔きません、先ずは苗代で育てから、その苗で、田植えをするという方法を受け継いできました。
もともと、お米は寒さに弱く、育ちが悪いという性質をもっていたため、この時期に種をまいていました。現在では、品種改良が進み、寒さにも強いお米が登場し、昔は不毛の地でもあった、北の地でも、美味しいお米が育つようになりました。
そして、育った苗は、「早苗」「若苗」「玉苗」などと呼ばれ、いよいよ田植えの時期がおとずれるのです。

6月の田植えの時期になると、今年の豊作を田に神様に祈念するお祭りが、執り行われます。
有名な祭りとしては、大阪の住吉大社で行われる「御田植神事(おたうえしんじ)」、
伊勢神宮の別宮である伊雑宮の「磯辺の御神田(いそべのおみた)」、
京都伏見稲荷大社での「御田舞(おんだい)」、下鴨神社での「御田植祭(おたうえまつり)」などが良く知られています。

稽古始め

稽古始めも「芒種」の時期にあたります。能や歌舞伎、狂言などの伝統芸能は古来より、6歳の6月6日に始めると上達しやすいと言われてきました。
なぜこの日に初稽古を行うと良いのかという理由には、諸説あるのですが、
手の指を使い、親指から順番に、1、2、3、4、5、と指折り数えていくと、6のところで、
小指を1本立てる形となり、、子(小指)を立てることを、小指の立つ様子になぞらえて、
縁起が良く、習い事を始めるには、とても適した日と考えられてきました。
また、室町時代に能を大成したことで有名な世阿弥(ぜあみ)は「風姿花伝」という著書の中で
能は数えで7歳(満6歳)から始めると書かれており、そこに由来したとも言う説もあります。

芒種の初候、次候、末候

初候、「蟷螂生ず(かまきりしょうず)」6月5日頃

カマキリの子供が卵からかえる頃のことで、
木の枝など産み付けられた、スポンジ状の卵から、数百匹のカマキリの子が誕生します。
カマキリは肉食性で、稲や野菜には手を付けず害虫を駆除してくれる益虫(人間の生活に直接有益を与える生き物)として、昔から農家には、ありがたい存在でした。
京都の祇園祭では、カマキリがカマを振り上げるからくりのカマキリがカマを振りあげて動く「蟷螂山(とうろうやま)」別名「カマキリ山」という山車があります、カマキリは神の能力をもち、神の使者として崇められています。

次侯、「腐草為蛍(くされたるくさほたるとなる)」6月10日頃

草の中から蛍が舞い、光を放ち飛び交う頃です、昔の人々は草場から蛍が舞う姿を、枯れて腐った草が蛍になったのだと思っていました。
清少納言の枕草子に登場する有名な一節で、
「夏は夜、月のころはさらなり、やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし、雨など降るもをかし。」
夏は夜が趣深い。月が出ている夜はもちろんのこと、闇夜もまた、蛍が多く飛び交っている様子も良い。また、それらがただ一つ二つと、ほのかに光って飛んでいるのも良い。夜に雨が降るのも趣があって良いと、綴っています。
蛍が放つ淡い光は「蛍火」と呼ばれ、夏の季語にもなっています。

末侯、「梅子黄(うめのみきばむ)」6月16日頃

梅の実がだんだんと黄色く熟してくる頃で、青々と実っていた梅の実が次第に黄色味から、赤く熟していきます。梅は、古くから日本人に身近な植物なのですが、もともとは、梅の花というよりも、梅の実が万病に効くこう薬があるとされ、奈良時代に薬用植物として中国から伝わったといわれています。
また、梅の実が熟す頃の雨ということから「梅雨」になったと言われていて、梅雨時である陰暦5月を「梅の色月」と言い表した言葉も残っています

                                      投稿者 #泰成明